次男Ruiが生まれた時の事を思い出して書いてみよう。

 その日(2004年7月16日)は前回の検診で、その日までに陣痛がなければ入院と決まっていたので、朝の9時に家族で病院へ行った。全然陣痛の気配もなかったこの日は予定(7月19日)の3日前。Shunの時とは何もかも違い、明るい間に痛みもなくの入院。
 病院へついて検診を受けた。もう子供は触れる位置にいたらしく、先生が破水をさせてくれて陣痛室へ。それでも余裕があった。近くに便がたまっているとのことで、浣腸をしなくてはいけなくなり、その我慢がしんどかった。
 トイレも済ませ、心音を聞く装置をつけてもそんなに痛みはまだ来ず、どうやら赤ちゃんも寝ているみたいでおなかをさすって起こされた。前回便秘の件できたときも寝ていた彼。
Shunの時はこの心音が早くなるたびにきつい痛みが来て辛かったのを思い出す。パパッちやShun、母が横にいてくれたがShunは間がもたずにパパが散歩に連れて行くことになった。
 母と話していたら段々痛みの間隔が狭まってきた。それでもShunのときとは違い、痛くない時は全然平気。
 1時間に1度位、助産婦さんが子宮口をはかりにきた。最初は5センチ位だったか、「午後3時位には産まれると思うよ」なんて言われてて、11時45分位に食事をどうするか聞かれた。おなかが減っていたので頂くことにして、ベッドをまたぐテーブルを設置して食事を始めた。少しずつ食べてたら、ちょっと耐え難いような痛みになってきて、食事が中断した。パパっちとShunが帰って来たので私は横になることにして食事は2人に食べてもらうことにした。横になって痛みに耐えていたら、いきみたい感覚が襲ってきて、ひたすら耐えていた・・・のに、パパとShunは私をまたいだテーブルでまだのんきに食事していた。
 2,3回目かの我慢で、何かが出てきた。先ほど聞いていた「子宮と赤ちゃんの袋がずれたときにでる出血があって、それがきたらお産が早い」というのだと思った私は、パパっちにナースコールをお願いした。
 助産婦さんが来て検診、やはりさっき言っていた出血だった。子宮口をはかって、我慢も限界になってきたので分娩室へ移動することに。前回はあんまりいきみのがしなんて必要なかったから、今回のこれはきつかった。
 分娩台に上ってからは痛みのために目を開けることができずパニック状態になってしまった。とりあえずめちゃくちゃにいきみまくって、助産婦さんに「一番の痛みが来たときだけにしないと、あかちゃんが出たり入ったりしてるよ」と言われて段々前回のことを思い出してきた。体全体で呼吸するようにして痛みを我慢し、一番の痛みを待って思い切りいきんだ。何回かでもういきまなくてよくなり、無事出産、12時45分だった。あまりの速さに、立会いを予定していたのに呼ぶこともなく生んでしまった・・。
 今回は痛みの絶頂が早くきすぎて、頭がついていかなかった。前回は痛みだけがきて子供が降りてこず、今回は逆に降りてきてるのに陣痛がおそかったので痛みが来たら早かった。
 産後も前回とは全然違い余裕で、台から降りるときにはよろめいたけど、楽に歩いて自分の胎盤を見に行く余裕もあったし、病室までも楽に歩けた。
 その夜、Ruiが病室に連れてこられ初めての授乳をした。ベッドに横たわってだったけど初めてにしてはよく飲んだ方だと思う。パパっちに見せようと初の写真を撮った。授乳は、子宮収縮があるのでかなり痛かった。その夜は夜中痛みで目が覚めたが、次の日の朝の検診では3日分位子宮がもどっているといわれた。これも体重増加が2.9キロと少なかったお陰らしい。出産も、回復も、体重増加が少なかったのが良い結果をだしていると言われた。